125 甑島蛭子祭り
(2002/04/17up)
瀬戸上健二郎先生wrote・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Localmtret(2002.4.17)
4月14日は港地区の蛭子神社の祭りでした。
蛭子祭りは漁師たちの航海の安全と大漁を祈願するお祭りで、
大漁旗で飾った漁船が船団を組み、軍艦マーチを大音響で流しながら手打湾を
一周するのですが、私も船に乗せて貰いました。

今回、お祭りに参加した漁船は16隻でしたが、
明治時代には港地区だけで400隻もの船がいたと言います。
ブリやマグロが大漁し、珊瑚景気もあって、漁師相手の料理屋が並び、
遊郭まであったそうですが、今では港地区の人口は200人足らず。
「昔はよかった」
と昔をしのぶお年寄りたちの話にはしんみりさせられます。


瀬戸上 健二郎先生wrote、、、、、、、、localmtret(2002.5.1)
春の連休の甑島ミニオフ会に関連して
瀬戸上@手打です。
今回の網持ちでは青瀬漁協の皆さんに大変お世話になりましたが、逆に、漁協の皆さ
んには感謝されました。
以前、参加させてもらった時も大漁でしたが、以来、会うたびに網持ちに来ませんか
と声をかけられました。
お解りだと思いますが、漁師たちは縁起を担ぎます。蛭子神社のご神体も、縁起を担
いで大漁した人が海の底に潜り石を拾ってきて、それを祭ったと聞きます。
今回のように大漁したときのお客さんはまさにえびす様なのです。
「先生、来年もえびす様を連れてきてくださいよ」
岡田武夫先生wrote、、、、、、、、、、、、、、localmtret(2002.5.1)
大阪のすぐ西に、甲子園球場があります。この球場は西宮市に含まれる
のですが、この「西宮」という地名、京・大坂から見て西にある神社とし
て廣田神社を「西の宮」と呼んだことに因むようです。
さて、西宮の神社というと、今では西宮えびす神社が有名です。この神
社の由来を書いておきます。鳴尾の浜(甲子園のすぐ東側)で網を引いて
いた漁師が網にかかった神像をいったんは海へ捨ててしまった。しかし、
魚が十分かからないので、和田岬(神戸市兵庫区)沖まで網を引いて回っ
たところ、再び同じ神像がかかった。これは何か奇瑞であろうと、家へ持
ち帰って自宅に安置して眠った。その夜、神像が漁師の夢枕に立ち、ここ
から西へ行くと良き土地があるからそこに我を祀れ、と告げたため、その
漁師は里人と相談して現在の地に神像を安置して祀った。これが今の西宮
えびす神社の由来です。
また、古来、水死人が網にかかったとき、豊漁の兆しとして喜んだ、と
言う話も聞いたことがあります。えびす様は国生み神話の最初に出てくる
蛭子と考えられているのですが、出雲の国譲りで水死(入水?)した事代
主神のことを指す場合もあります。いずれも海に流された死体を思わせる
伝承です。一方で、海から流れよる稀人信仰もあります。少名彦名神はそ
の好例でしょう。
>今回のように大漁したときのお客さんはまさにえびす様なのです。
>「先生、来年もえびす様を連れてきてくださいよ」
上記のような、日本古来の信仰が、この言葉に受け継がれているのだと
思います。
さて、上記で西宮の事を書きましたが、西宮には越木岩神社があります。
この神社のご神体は巨岩で、大阪築城の折り、秀吉の命でこの岩を切り出
そうとしたが、変事が相次ぎ切り出すことを断念したという話が残ってい
ます。その時の、くさびを打ち込んだ跡が今でも見られます。
この岩の名前が越木岩、つまり甑岩です。甑のようなカタチをしており、
てっぺんから湯気が出ることもあったため、甑岩と名付けられたという話
です。
そして、上甑島にも甑岩があり、甑大明神として祀られています。その
南方に下甑島がある。西宮えびす神社から見ると越木岩神社は北にありま
す。そして、この越木岩神社の祭神は蛭子神、つまりえびす様なのです。
子授けの神様として信仰されています。